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September 27, 2006

『社会の教育システム』5章の要約メモ

 帰省中で勤労意欲が減退しているこのごろですが、少しは仕事を進めておかないと、あとでひどいことになるのでがんばります。

 

今日は第五章の概要メモを掲載します。「分離」は、Ausdifferenzierung(分出という訳語が多いような…)を意味します。

 ちなみにこの章は、教育システムが機能システムとして分出する様相を再記述している部分です。他のシステムとの関係が、あくまでも教育システム独自の論理に即したかたちで変換されている(パラドックス展開)という点が、面白いところだと思います。あたりまえと言えばあたりまえなのかもしれませんが。

第五章 教育システムの分離

I 社会構造の変化と<分離>の歴史(pp.151-159)

 教育システムの分離は、国家官職の整備(政治システム)、市場経済と分業の発達(経済システム)、宗教のプロフェッション化(宗教システム)の分離に対応すべく生じたできごとである。経歴という媒質、相互作用としての授業の分析は、教育システムが機能システムとして分離する様相を明らかにする。経歴という独特の媒質が優位を占めること、授業という特殊な相互作用システムが形成されるという事実は、教育システムにおけるコミュニケーションが、他のシステム(政治システムや経済システムなど)とは異なる論理で作動することを意味する。

 ・機能的分化と分業の違い

 分業がある種の全体性を前提としているのに対し、システム理論による機能的分化の記述は「分離された様々の部分システムがそれぞれ高い効率を示すことを確認するが、同時に、それは課題とされる全社会的な秩序化(たとえば階統制)の断念を伴うことを強調する」(p.157)

 →システムが分出すると、システム内部に過剰なコミュニケーション可能性が生まれる。

 →予め設定されている社会秩序をあてにすることができず、自己組織化によって克服するしかない。

    cf「教育的授業」という交配種的な表現(p.158)教育のために養成された担い手と教育方法を前提

「教育システムにおいても、システムの分離と、外部の社会的な支えの消失と、自律性と、自己組織化への内発的強制との、関連が証明されるということを指摘している」(p.158)

II 分離された相互行為システムの肥大化(pp.159-166)

 教育システムの分離は(次世代の担い手である子どもの誕生だけではなく)、学校の設置と経営を前提とする(p.160)。ただし、教育のハード面の整備は、教育システムにとっては外部環境に属するものでしかない。システムの分離は、そこで生起するコミュニケーションを他の領域のそれとは異なる論理で自由に展開することを支える「『技術的』発見に立脚すること」が多い(p.162)が、教育システムにおけるそれは、学級における相互行為システムである。授業という相互行為システムと授業を自己の目的とする学校という組織が独特の共生関係をとり結ぶことによって、教育システムの分離が可能となる。

 ・システムの分離を可能にする「技術的」発見

  経済システム…鋳貨
  政治システム…官職
  マスメディア・システム…大衆への伝達技術

  教育システム…授業という相互行為システム

 ・教育システムの自己増殖

「若者が学校や大学で過ごす歳月は──たとえば家族をもつこと、経済的に自立することをといった別の大事を度外視して──長くなる(中略)[教育システムの増殖は]意味の喪失、世界の喪失、アイデンティティの喪失といった幻影痛を生む<歴史の切断手術>である」(p.165)

    →クライエントが教育システムの施設に通って過ごす期間の長さは、「自然的」基準を超えている。

III 教育システムにおける<パラドクスの展開>(pp.166-180)

 機能分化した諸システムは自律性を高めると同時に、相互依存性を強める。各機能システムは、他のシステムに対する依存を、自らのシステム内で生じるパラドックスという形式で取り扱い処理することになる。
 教育システムが他の機能システムとの関係をどのように処理しているのかを整理すると、次のようになる。

 (1)経済システムとの関係
  普通教育と職業教育のどちらを重視するのかというパラドックスによって経済システムとの関係を処理

 (2)家族システムとの関係
  入学者の均質化(等しくない者を等しく扱うパラドックス)を用いて家族システムとの関係を処理
  機会均等という理念+教育と選別との区別を用いて、パラドックスの解消が試みられる。

 (3)政治システムとの関係
 従属性と独立性のパラドックスによって、政治システムとの関係を処理する。政治的な介入に対する自律性の要求/他方で、教育システムは条件整備のために集合的拘束力を持つ決定を必要とする。

 →「(教師による集合的拘束力を持つ決定への)参加が多すぎも少なすぎもしないのが一番」(p.176)授業実践における(?)どっちつかずの妥協によって、従属性と独立性のパラドックスが緩和される

 (4)学術システムとの関係

  教育の内容的真実性と実効性のパラドックスによって、学術システムとの関係を処理
「教育が、頼りになる拠り所を伝えようとする一方、研究は、形づくることのできる未定の未来に賭ける。それは、解決する問題よりももっと多くの問題を抱えていく未来、知識が到底追いつけないほどの早さで無知が増大する未来である」(p.177)

   →cf.学校数学と数学との違い
     (非ユークリッド幾何学が登場しているのに、学校ではユークリッド幾何学を教える)

     →問題を未来に押しやることで、パラドックスを解決する。

 ・教育システムに<ゆらぎ>をもたらす外部環境

   機能システムは他のシステムに依存する際に、自らで処理可能なパラドックスの形式をとることで、
  環境システムとの関係をとり結ぶ。

    →機能システムの分離によって、多中心的で不透明な社会が形成される
     (プリコジンの言う<ゆらぎ><散逸構造>に近い)

    教育システムにゆらぎをもたらす外部環境システムの最たるものが、マスメディア・システム。

 

IV 教育システムへの、そして社会への<組み込み>(pp.181-183)

諸機能システムの分離によって、もろもろの人格の社会への組み込みという課題が生じる。教育システムにおける人格の組み込みは、すべての子どもを就学させることによって果たされた(人格だけでなく、身体を組み込む必要があるという点で、教育システムは他のシステムにはない特殊性があった)。

V 教育システムの内部的分化(pp.183-185)

 機能システムの分離は、機能システム内のサブ・システムの分化を促す。教育システムの内部分化は、学級という単位によってなされる。ただし、学級による分化には「授業を個々の生徒の能力と関心に合わせることが、制限される」(p.185)という短所がある→この短所は、キャリアがリスク構造を持つ要因である。

VI 分離と<自己記述>(pp.186-187)

 機能システムが分離すると、そのシステム独自の視点から(自らが属する)社会を記述することが可能になる(cf.資本主義社会/産業社会/技術文明/情報社会などなどの社会の記述を授業で用いる)。教育システムの分出(による社会と自己の記述能力の増大)に伴い、<教育によって社会を変えることができる>という考察が登場する。古典的には、資本主義社会の改変、今日では、環境負荷の軽減のために教育が役立つのではないかという議論がある。
 「教育システムは、(中略)<成長途上の世代に働きかけることにより問題解決に寄与すべし>という挑戦に答えていなかければならない。それは、教育システム自体の問題ではないのだが」(pp.186-187)

  ←しかしながら、教育によって行為を強制することはできない。教育にできることは、「問題を具体的に、いわば「脚本」として上演し、いろいろな「見本」によって示してみせる」(p.187)ことで、別様な行為の可能性を開くことだけである。

 ・ルーマン教育システム論の基盤:教育システムの分離によって、教育のシステム理論的記述が対象を見いだすための社会的な前提が整った。その意味で、本書の記述は、歴史的に条件づけられたものである(機能分化した社会が到来し、教育システムが分離したという条件ではじめて、教育をシステムとして記述することが可能となる:トートロジーにしか読めませんが。)

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